「責任能力がある成人は、薬による認識能力の増強を認められるべき」という考えは、アメリカの大学生約7パーセント、科学者の最大20パーセントが精神機能を高める目的で日常的に『リタリン』や『アデラール』などといった薬を使用している現実をふまえたものです。
学問の世界で「景気づけの1杯」のようにごく普通に使われているリタリンやアデラールは、脳の働きを高める薬の第1世代にすぎず。次に登場したのが『プロビジル』という「覚醒促進薬」で、一睡もせずに何日も起き続けていられたり、記憶力が向上したりする効果があるとされています。
これらの薬は本来、注意欠陥障害を治療するためのものでした。化学物質によって認識力を増強することは一種の不正だ──という指摘がありますが、論説はこれらの批判に対して次のように反論しています。
まず、脳の働きを高める薬が不正とみなされるのは、法律等で禁止されているからであり、そもそも禁止する必要はないといいます。こうした薬が自然に反するという指摘については、そうであるなら医学や教育、住居も自然のものとは言えないと主張しています。
優位に立つために使い始める人が現れ、使用する人が増えれば使っていない人が実質的に高くなった新しい基準についていけなくなり、薬を使わざるをえなくなる……という意見もあります。しかし、認識力の増強が悪だと宣言するだけでは解決にはなりません。今すべきことは、より良い薬を開発し人々がなぜ使うかを理解し、代わりとなるものを広め、薬害を最小限に抑えるための合理的な指針を作ることである……と、識者の一人は述べています。
誤用や乱用を恐れるばかり、年配者の記憶障害(もしくは若年者の認知障害)への効果を持つかもしれない薬の研究が阻害されてしまうかもしれません。そうなれば、21世紀における「麻薬との戦い」から生じる副次的損害といえなくもありません。
